• 「奈良美智さんと一緒に2泊3日の韓国アートトリップ。」に寄せて

    ソウルはすでにこの10年間で何度も来ていてるんだけど、訪れる度に街は変化している。それはアートシーンも同じでイー・ブルやニッキー・リーなど海外でも活躍する若い作家も育っているし、なによりも美術鑑賞が一般市民の中でかなり普通のこととして定着していることに驚かされる。平倉洞の丘にはトータル美術館があって数年前から美術愛好家が訪れていたけど、さらに小劇場や複数の展示スペースを持ちレストランまであるガナ・アートセンターなどが隣接し始め、今では古い街並みの残る観光名所でありギャラリーも多い仁寺洞や、個人作家の美術館でとても洗練された建築と展示のワンギ美術館を結ぶ送迎バスも運営されていて、老若男女(嘘みたいだけどほんと)で展覧会場は賑わっている。仁寺洞にしても古い街並みの中にアート・ソンジェ・センターやpkmギャラリーなど現代アートを扱うところも増えていて、ソンジェでは『草間弥生展』が老若男女(ほんとなんだって!)で賑わってるし、pkmではベッヒャー派やアメリカの現代写真の展覧会に平日なの若者がにひっきりなしに見に来てるし、国際ギャラリーの『ビル・ビオラ展』にしてみても、これでもかという具合に人が入ってくる。ワンギ美術館は人通りの少ない閑静な住宅街にあって、ワンギという戦後ニューヨークに学んだアブストラクト絵画の画家(故人)の美術館で、今回初めて作品を知ったのだけどその質の高さに驚きつつ、ショップの人たちから餅菓子をもらいその美味さにも驚く。ちなみにこのワンギ美術館を出て左に少し行くと餅屋さんがあって、出来たてホヤホヤの餅が買えるのです。

    こうして進化する街に、昔からの喫茶店や食堂や餅屋さんなど変わらないものも存在しているのも韓国で、日本ではあまり見ない「お茶専門」の喫茶店がけっこうあって、そのお茶メニューの多さにもびっくりする。それに仁寺洞に進出したスターバックスなんだけど、出店予定の段階で商店街の猛反対にあって『STARBUCKS』のロゴをハングル語にすることでやっとOKになり、なんと世界中で英語じゃない看板はソウルの仁寺洞店だけらしい。今回、その仁寺洞ではギャラリー巡りの他に筆屋さんにも寄ったんだけど、幅広の刷毛がすごく安くて何本も買ってしまった・・・。けっこうごちゃごちゃした店内の中にエリザベス女王やスペインのソフィア王妃の来店時の写真が飾ってあって、冷静を装いつつじつはかなり驚いてたりして・・・。この地域はもともとは筆屋さんが軒を連ね、それに呼応するように額屋さんや紙屋さん、書や民画を展示する画廊が集まりだしたそうで、裏道に入ると食べ物屋さんや伝統的な喫茶店もたくさんあるのだ。そして、前に来た時に韓国の作家に連れて行ってもらったギョンイン喫茶店で柚子茶なんかも飲むと、お茶請けに付いてくる数種類のお菓子の多さにも驚き、まるで「この菓子でもう一杯のむべし!」と言われてるようで、やっぱりお茶をおかわりしてみたりして・・・。そしてやっぱり柚子茶はおいしのであった。

    お茶を飲みつつ考えてみると、韓国の美術館には日本と比べて印象派など西洋の近代美術が少ないが、現代美術は非常に多い。近代の名画はその1枚の収集に多額のお金が要るし購入対象を探すのもむずかしいけども、現代美術は同額の資金で容易にたくさんの収集がオン・タイムで可能なのだ。また、自国作家にしても日本に比べて近代美術史上の層は薄いが、現代美術の分野での韓国人作家の進出は著しい。それは近代において旧大日本帝国による統治下、才能ある作家の芽が限りなく摘み取られたからなのか、美術の需要というものが経済と比例してきたためなのか僕はわからない。でも今は、少なくとも映画や美術に関する限り韓国政府のサポートは日本以上に思えたりもするし、明らかに60年以降に生まれた作家世代が活躍し始めている。そして、それを裏付けるように映画界にしてもアート界にしてもエネルギッシュに邁進しているのがオリンピックから15年後のソウルなんだなと思う。まぁ、落書きもなく儒教思想の色濃く残る街もいいなぁと思いつつ、ちょっと病んだ東京の街のコーヒーもちょっと恋しくなったりなんかもしつつ、ソウルにはまた来たいなぁと思うのであった。

    「奈良美智さんと一緒に2泊3日の韓国アートトリップ。」に寄せて
    2003年7月号臨時増刊 LUCA No.3『LUCA』アートなお仕事、アートな生き方。 アートのある暮らし。