• 心の中の町

    たとえば・・・良い感じの絵が2枚ほど立て続けに出来てしまうと、その後はアベレージにも達しないような堕作が続く。けれども、そこで己の才を嘆き悲観したりするのは滑稽だ。コンスタントに作り出していくことが目的ではない。良いと思えるものが出来た後にはイマイチなものが続かなくちゃいけない。良いと思えるものというのは、自分の中にある何かしらの大切なものが上手い具合に外に出てこられた結果なのだから、その後の自分の中はしばらくは空っぽのままなのだ。

    かつては、何も考えなくても、自然と内から湧き出てきた時期もあったのだけれども、さすがに産み出し過ぎた気がしている。正直、ゴールドラッシュの後の採掘場で、こぼれ落ちている砂金を集め歩いて形にしている気もしてくる。

    果たして、自分の中に新たな鉱脈を見つけることが出来るのだろうか?それとも、何か外にそれを求めなければならないのだろうか?

    僕はまだ、心の内にある寂れた鉱山町にいて、煤けた窓ガラス越しの見なれた風景を愛している。体がどんなに旅を続けようとも、魂は心の中にある町にずっと住み続けるだろう。実のところ、少々寂れてしまったこの町が、やっと自分の町だと思えるようになってきたのだ。